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ホンダ アコード3代目モデルを振り返る!リトラクタブルライトと4輪ダブルウィッシュボーンに惚れた私の実体験

カーライフ

「昔のホンダは本当に面白かった」。そんな言葉を耳にするたび、私が真っ先に思い出す1台があります。

それが1985年に登場した3代目ホンダ・アコードです。

実は私自身、この3代目アコードを所有していました。人生3台目の愛車で、購入したのはマイナーチェンジ後のモデル。当時はまだMTとATが共存する時代で、最後までマニュアル車と迷った末にATを選んだ記憶があります。

リトラクタブルヘッドライトが開く姿にワクワクし、4輪ダブルウィッシュボーンのしなやかな足回りに感心しながら、休日になると遠出を楽しんでいました。

今はフィットe:HEV RSに乗っていますが、それでも3代目アコードには今の車にはない独特の魅力があったと感じます。

この記事では、3代目アコードの特徴や発売日、派生車種の魅力に加え、実際に所有していたからこそ分かる本音も交えながら振り返っていきます。

所有していた時の写真を公開していますよー!!

ホンダ アコード3代目モデルとは?発売日と当時の立ち位置を振り返る

3代目アコード(CA型)は1985年6月に発売されました。

当時のホンダは本当に元気でした。プレリュードやシビック、そしてアコードまで、それぞれに個性があり、カタログを見るだけでも楽しかった記憶があります。その中でもアコードは「上質なファミリーセダン」と「スポーティな走り」を両立する存在として高い人気を集めていました。

先代よりもさらに低くワイドなスタイルへ進化し、空力性能も向上。現在の目で見ても驚くほど先進的なデザインでした。

ホンダ アコード3代目
※今思えば、ハンコ押す前に「フォグランプ、ドアバイザー、スキーキャリアを追加して」と、とんでもないわがままを言って契約しました。バブル景気でしたね。

項目 3代目アコード 特徴
発売日 1985年6月 CA型として登場
ヘッドライト リトラクタブル式 低いフロントノーズを実現
足回り 4輪ダブルウィッシュボーン 世界初の量産FFセダン採用
派生車種 エアロデッキ・クーペ 個性派ラインアップ

今ではSUVが人気ですが、当時はセダンが主役でした。友人同士で車の話になると、どのセダンがかっこいいかで盛り上がったものです。街中でアコードを見かけると、つい振り返ってしまった方も多かったのではないでしょうか。

リトラクタブルヘッドライトが生み出した未来的なデザイン

3代目アコード最大の特徴と言ってもいいのがリトラクタブルヘッドライトです。

普段はライトがボンネット内に収納され、点灯時だけパカッと起き上がる仕組みでした。

現在の若い世代には新鮮に映るかもしれませんが、当時は「未来の車みたいだな」と感じたものです。

夜のサービスエリアで休憩したあと、エンジンをかけてライトがゆっくり起き上がる。その何気ない瞬間が妙に好きでした。

単なる移動手段ではなく、車そのものを楽しむ時代だったように思います。

最近は安全基準や歩行者保護の観点から姿を消しましたが、今でも根強いファンがいます。

詳しくは関連記事のリトラクタブルヘッドライト日本車はなぜ消えた?80年代ホンダ車で感じた魅力と復活の可能性でも解説しています。

低いノーズが今でも古さを感じさせない

リトラクタブルライト最大のメリットはデザインです。

ライトを収納できるため、フロント部分を驚くほど低く設計できます。

今の車と並べると、その低さに驚きます。フィットRSでも十分スタイリッシュですが、3代目アコードの薄いノーズは別格でした。一方で3代目アコードは刃物のように薄くシャープな印象があります。

40年近く前の車とは思えないほど洗練されているというのが率直な感想です。

世界初の4輪ダブルウィッシュボーンサスペンションが凄かった

見た目ばかり注目されがちですが、本当に驚いたのは足回りでした。

3代目アコードはFF量産セダンとして世界初の4輪ダブルウィッシュボーンサスペンションを採用しています。

購入当時はサスペンションの仕組みなんて詳しく知りませんでした。

それでも走り出してすぐ、「なんだか乗り味が違うな」と感じたのを覚えています。

荒れた路面でもタイヤが地面をしっかり掴んでいる感覚があり、東北道を走っていても不安感が少なく、ハンドルを切った分だけ素直に向きを変えてくれました。

どこかフランス車を思わせる独特のしなやかさがあり、当時としてはかなり完成度が高かったと思います。

今のフィットRSと比較して感じる乗り味の違い

現在の愛車はフィットe:HEV RSです。

乗り比べると時代の進化を強く感じます。

比較項目 3代目アコード フィットe:HEV RS
高速安定性 非常に高い 高い
乗り味 しなやかで上質 やや引き締まった印象
燃費 約15km/L 20km/L超も可能
疲労感 意外と残る 長距離が楽

面白いのは疲労感です。

年齢は当時より確実に上がっているのですが(笑)、長距離移動ではフィットRSの方が疲れにくいと感じています。

シャトルもそうでしたが、現代ホンダ車の足回り、ボディ剛性やシート性能は本当に進化しました。

それでも3代目アコードの独特な乗り味には、今でも忘れられない魅力があります。

ATかMTかで本気で悩んだ時代だった

今ではハイブリッド車やEVの普及もあり、ATを選ぶことが当たり前になりました。

しかし当時は違いました。

スポーティな車ならMTが当たり前という空気がまだ残っていた時代です。

私も購入時にはかなり悩みました。

最終的にはATを選択しましたが、納車される直前まで迷っていたほどです。

結果的には私にはATが合っていました。

長距離ドライブが本当に楽でしたし、DOHC2000ccエンジンとの組み合わせでも燃費はリッター15km前後。

1980年代後半のAT車として考えると十分に優秀な数値だったと思います。

  • MT全盛期でも快適性を重視してATを選択した
  • 長距離ドライブで疲労が少なかった
  • DOHC2000ccとして燃費性能も優秀だった
  • 結果的にATを選んだことを後悔しなかった

個性派ぞろいだった3代目アコードの派生モデル

3代目アコードの魅力はセダンだけではありません。

今振り返ると、よくこんな車を市販したなと思います。今のホンダも好きですが、当時は良い意味で尖っていました。

売れる車だけを作るのではなく、技術者やデザイナーの挑戦がそのまま形になっていた時代だったのかもしれません。

アコード エアロデッキは時代を先取りしたシューティングブレークだった

1985年7月に登場したアコード・エアロデッキは、現在でいうシューティングブレークに近い存在でした。

クーペのような流麗なルーフラインとワゴンの実用性を融合した独特のスタイルは、今見ても新鮮です。

当時の日本では少し早すぎたデザインだったかもしれません。

しかし近年の輸入車を見ると、まさにエアロデッキが先取りしていた世界観そのものです。

リヤガラスが大きく回り込んだスタイルは一度見たら忘れられません。

中古車イベントなどで見かけると、今でも多くの人が足を止めて眺めています。

逆輸入アコードクーペは特別感の塊だった

1988年9月にはアメリカ・オハイオ工場で生産されたアコードクーペが日本へ導入されました。

いわゆる逆輸入車です。

今では珍しくありませんが、当時の逆輸入車はかなり特別な存在でした。

2ドアクーペの優雅なシルエット、本革シートなどの豪華装備、そして漂うアメリカンな雰囲気。

街中で見かける機会も少なく、どこか大人の余裕を感じさせる車だった印象があります。

セダンとはまた違う魅力があり、ホンダファンの憧れの存在でした。

私が実際に所有して感じた3代目アコードの長所と短所

カタログやスペック表では見えない部分こそ、実際のオーナーでなければ語れません。

ここでは私自身が所有して感じた本音をお伝えします。

良かった点 気になった点
デザインが圧倒的に先進的 経年劣化による部品トラブル
高速巡航が快適 エアコン修理費が高額
燃費が意外に良かった ドア下にサビが発生しやすい
足回りの完成度が高い 旧車ゆえ維持が大変

特に印象に残っているのは、高速道路での安定感です。

当時は今ほど高速道路網も発達しておらず、遠出自体がちょっとしたイベントでした。

それでもアコードに乗ると、「まだまだ先まで行けそうだな」と思わせてくれる余裕がありました。

ただし、良い思い出ばかりではありません。

ドア下のサビと格闘した思い出

長く乗るつもりだったので、防錆対策にはかなり気を使いました。

特に気になったのがドア下部分です。

幸い早めに対策したことで深刻な腐食は避けられましたが、旧車にとってサビは避けて通れない問題でした。

現在フィットRSでも防錆には気を使っていますが、当時の経験が今も生きています。

中古車選びでもサビの有無は非常に重要です。

詳しくは関連記事の車のドア防錆は必要?ドア下の錆を防ぐ水抜き穴・スプレー・コーティング対策をあなたにもでも紹介しています。

最後はエアコン修理費が決断のきっかけになった

当時は「次の車なんて考えなくていい」と本気で思っていました。

次の車へ乗り換える予定などまったくなかったのです。

ところが最後に大きな壁となったのがエアコンでした。

見積書を見た瞬間、正直ため息が出ました。「そこまで掛かるのか、、。」としばらく黙り込んだ記憶があります。

古い車ほど部品の確保が難しくなり、修理費も高額になります。

悩みに悩んだ末、手放す決断をしました。

愛着のある車ほど、修理費と気持ちの間で苦しい判断を迫られることがあります。

これは現在でも変わらないテーマです。

実際にシャトルの乗り換え時にも似た悩みを経験しました。

関連記事の車のエアコン修理で20万円は妥当?高額になる理由とシャトルで実体験した乗り換え判断の境界線も参考になるかもしれません。

なぜ3代目アコードは今でも名車と呼ばれるのか

発売から40年以上が近づいています。

それでも3代目アコードの人気が衰えない理由はどこにあるのでしょうか。

私は単純な性能ではないと思っています。

もちろん当時として優れた技術はありました。

しかしそれ以上に、ホンダらしい挑戦が詰まっていたことが大きいのでしょう。

リトラクタブルヘッドライト。

世界初の4輪ダブルウィッシュボーン。

エアロデッキ。

逆輸入クーペ。

どれも「売れるから作った」というより、「面白いからやってみよう」という技術者の熱意が感じられます。

だからこそ今見ても魅力的なのだと思います。

最近の車は安全性や燃費性能が飛躍的に向上しました。

一方で、こうした自由な発想から生まれた車は少なくなりました。

その意味では3代目アコードは80年代ホンダの勢いを象徴する存在だったのでしょう。

フィットe:HEV RSオーナーの私が今あえて3代目アコードを振り返る理由

現在の愛車はフィットe:HEV RSです。

燃費は圧倒的に良く、安全装備も充実しています。

長距離ドライブの快適性も高く、普段使いで不満を感じることはほとんどありません。

それでも高速道路を走っている時や旧車イベントの写真を見ると、不意に3代目アコードを思い出します。

キーをひねり、エンジンが目覚め、リトラクタブルライトが開く。

そんな一連の動作に、どこか機械と対話しているような楽しさがありました。

便利さだけでは測れない魅力が確かにあったのです。

だからこそ今でも旧車イベントで見かけると、つい足を止めてしまいます。

それは懐かしさだけではなく、「やっぱり良い車だったな」という実感に近いものがあります。

まとめ

3代目ホンダ・アコードは、リトラクタブルヘッドライトや4輪ダブルウィッシュボーンサスペンションを採用した、当時のホンダの挑戦精神を象徴する名車でした。

私自身も実際に所有し、長距離ドライブを楽しみ、サビ対策に悩み、最後はエアコン修理費と向き合いながら手放しました。

良い思い出だけではありません。

それでも今なお心に残り続けているのは、この車にしかない個性があったからです。

現代のフィットe:HEV RSは確かに優秀です。しかし車好きとして振り返ると、3代目アコードには数字だけでは語れない魅力がありました。

もし「ホンダらしい名車とは何か」と聞かれたら、私は迷わず3代目アコードを候補の1台に挙げます。手放した時は「もう十分乗った」と自分に言い聞かせました。しかし今こうして記事を書いている時点で、やはり特別な1台だったのは間違いありません。もしもう一度状態の良い個体に出会えたら、しばらく立ち止まり見入ってしまうでしょう。

昔泣く泣く別れた、恋人との再会みたいな感じ、、。なんて、、、大げさでしょうか(笑)

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